初の海外旅行ですので、すべてが初体験のことばかりでした。まずはパスポートとビザです。パスポート申請がまず先ですので、福岡県庁へ行きました。その頃は最長で5年間でしたので、5年を選び、手続きをして1983年5月9日に発行されました。
続いてはビザ申請です。いまはインターネットで申請できるようで便利ですねぇ。まずは大阪のオーストラリア総領事館に問い合わせて、申請手続きの方法を聞き、申請用紙を郵送してもらいました。下に写真をアップしていますが、
①パスポート
②申請用紙
③写真3枚
④1000ドル以上の預金残高証明書(オーストラリアドルで約25万円相当:当時レート)
⑤往復航空券又は相当額の預金残高証明書 が必要です。
(④と⑤で50万円以上になります)
そして、なんと面接が大阪のオーストラリア総領事館でありました。
申請用紙を郵送後に、1983年5月25日の面接を予約しました。大阪までバイクで往復しようかとも思いましたが、リスクも考えて新幹線を使いました。簡単な面接だったと記憶していますが、行きたい理由ややってみたい事、やってみたい仕事などを申請用紙に書いていたので、これらについて詳しく説明したと思います。落ちる可能性もあると言われたので不安はありましたが、この約1年の様々な出来事により、持ち前の根拠のない自信がますますアップしていました。面接はとても緊張感があってテンションも高い気分でしたが、集中力で乗り切った感じです。審査がありビザは即日発行はされませんので、大阪からは日帰りで帰ってきました。
後日連絡がありビザ申請が通ったので、6か月間のワーキングホリデービザの発行が決まりました。受け取りはオーストラリアへの出発地を大阪空港(伊丹)に設定していたので、出発前に大阪の総領事館で受け取ることにしました。さらに大阪では国際学生証を申請し発行してもらいました。こちらは即日発行されました。
明日はエアチケットとトラベラーズチェックについてです。