アナログ人生デジタル化     風と共に一本の道がある

18'/5月:ルーツと0~22歳, 18'/6月:83'年ワーホリでオーストラリアバイク一周26000km日記形式と写真で(約200日)19'/1月:84'年にバイクで日本一周10000km(約50日) 20'/4月:92'年末~93年2月初めのサハラツーリング (5000km)他

毎日更新 1982年 バックトゥザ 昭和57年 22歳 大学4年 夏~秋 ワーキングホリデー アルバイト三昧 福岡大学 旅ブログ 終活ブログ

さあアルバイト三昧の日々が始まりました。これまではスキーの為にやっていたことがワーキングホリデーの為に変わるだけですが、予算(目標額は100万円)がちょっと大きくなります。したがって効率的なバイトを探しました。まずは昼間ですが、前からやっていたスポーツショップのスキー売り場での、グッヅ販売と板へのバインディングの取り付け等のバイトです。慣れている上に、好きなことは疲れも吹き飛びます。

これが大体朝10時から19、20時くらいまでです。その後一旦実家へ帰り食事と仮眠をとった後は、23時から朝9時まではコンビニです。当時昼間のバイトは時給400~500円くらいでしたが、夜間のコンビニは時給700円でした。24時から6時までは1人で掃除や賞味期限切れのチェックやレジ回りの仕事をしました。1人の勤務は不安な事もあったのですが、派出所が近くにあり時々パトロールで来られていましたので大丈夫だと思っていました。そのコンビニはビルの一階で上の階には住居もありました。そして、ちょっと事件がおきました。上の階の住人?らしき人が両替に来始めたのですが、一万円札を千円札に両替してに始まり、二万円分を全部千円札になどと金額がエスカレートしていきます。そんなに千円札はないので、断るとコンビニのカウンターを足で蹴って罵倒していきます。これは警察に届けておこうと連絡すると派出所から2人の警察官が来てくれました。なんとこんなアドバイスでした。「キッチンの包丁などの刃物は使わないで、バットなどを隅のほうにおいて正当防衛で防いでください。」??? おそらく夜中にばくちをやっているので、両替に来ていると思うと言われました。

夜中のバイトはさすがに毎日は無理でしたが、確か週3.4回は入っていましたので、2,3日はほとんど寝ていないという時もあり、良い子はマネしないでねというくらいのハードスケジュールでした。しかし、これを来年春まで続けていくことでオーストラリアへ行けるのならとやり切る決意はみなぎっていました。

さあどういう展開になっていくのか!?

 

前述のスキーショップでのバイトはオーストラリアから帰ってきても再開したのですが、2年後にはこんな認定も受けています。

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これもこの2年後です。

 

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コンビニバイトへ激励に来てくれた、SくんとAくん、私の髪はなぜかパーマがかかっています。というのはこの隣に美容院がありパーマモデルになってよーというお願いがあり引き受けたからです。人生最初のパーマでした。