アナログ人生デジタル化     風と共に一本の道がある

18'/5月:ルーツと0~22歳, 18'/6月:83'年ワーホリでオーストラリアバイク一周26000km日記形式と写真で(約200日)19'/1月:84'年にバイクで日本一周10000km(約50日) 19'/3月:92'年末~93年2月初めのサハラツーリング (5000km)他

毎日更新 1970年 バックトゥザ 昭和45年 10歳 小学校4年 3つの出会い 新聞配達 サイクリング 万博 濃い10歳 赤坂小学校 旅ブログ 終活ブログ

新聞配達:記憶の限りでは、家で両親の会話から家計状態を聞いてしまい自分の小遣いだけでも自分で稼ごうと思い始めました。確か、新聞の集金に来ていたオバサンに聞いたことがきっかけです。当時は夕刊だけの配達でひと月3000円くらいにはなったので、消費者物価から考えると、現在の1万円くらいにはなると思います。その頃の小学生の小遣いはたぶん300~500円くらいだったので、意外と豊かな4年生。新聞を小脇に抱えて歩いて配達していました。雨の日と雪の日は大変そうですが、意外と記憶にはありません。これから約10年間続け、中学からは朝刊だけや、朝夕刊共に配達したこともあります。読書好きだったので、リーダーズダイジェスト(月刊誌)を定期購読したり、中学以降は自分の下着なども買っていました。

サイクリング:子供用ではない、ドロップハンドルの自転車を買いました。現在も、福岡市で行われているオハサイの原点とも言える、「おはようサイクリング」に参加し始めました。大濠公園で毎週日曜日の朝7時から公園内を走ったり、ツーリングで糸島や秋月、新宮などへ行ったりしました。自分でハブを分解してグリスアップしたり、パンク修理を覚えていきました。公園では毎回テトラパックの牛乳をもらいました。

そして、このおはようサイクリングで行われた「遅乗りコンテスト」が約10年後に生きてきます。これは、長さ10メートルの幅30センチのコースをいかに遅く走る(立ちこぎでほとんど止まりながら進み、足をつくと失格)かというイベントで、なんと優勝!この後大学でで出会う競技スキーの種がこの時に出来たのを振り帰るとわかりますし、オーストラリアや日本をバイクで走る原点があります。

万博:夏休みに大阪であった万国博覧会へ行きました。まだ新幹線のない時代でしたので、博多から特急「はと」で約10時間かかって着きました。7日間滞在中に3日間会場へ行きましたが、何と6400万人(一日平均35万人!)の入場者でしたので並んでばかりでした。中でも携帯電話やロボット、月の石などが印象的でしたし、西鉄ライオンズファンでしたので、大リーグの伝説のベーブルースのバット、グローブ、ユニフォームの展示も覚えています。今年、大谷翔平くんがメジャーで二刀流にチャレンジしていますが、小さなことを積み重ねることで本物の歴史になっていくのだと思います。

母の親戚のラーメン屋さんの二階に泊めてもらいましたが、今思うとじゃりン子チエの世界そのままでした。近所の子供が寝る前にあいさつに来たりしていました。

万博は下の写真の文集に書いたとおりなのですが、ちょっとびっくりです。

文集の最後に、「万博に行ってみて、昔のこと、いまのこと、未来のことなどを見たり聞いたりして大いにためになったのでよい思い出になると思う」と書いています。

今回のブログは最初のタイトルのように、過去、現在、未来を通してがテーマです。

そしてなんと、このブログを書きながら昨晩録画した、NHKテレビのSONGSを流していたところ、ドリカムと太陽の塔のコラボライブ&塔内部潜入や、岡本太郎は太陽の塔に現代文明の否定を込めていた等々、シンクロしすぎ!

濃い10歳でした。

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